「花様年華」監督:ウォン・カーウァイ(王家偉)
出演:トニー・レオン(梁朝偉)
マギー・チャン(張曼玉)
レベッカ・パン(藩迪華)
ライ・チン(雷震)
スー・ピンラン(蕭炳林)
・2000年カンヌ国際映画祭 主演男優賞(トニー・レオン)、
高等技術院賞(クリストファー・ドイル、リー・ピン ピン、ウィリアム・チョン)
・2000年台湾金馬奨 主演女優賞(マギー・チャン)、
衣装デザイン賞(ウィリアム・チョン)、
撮影賞(クリストファー・ドイル、リー・ピン ピン)
配給 松竹
2001年3月、Bunkamuraル・シネマ、銀座テアトルシネマにて公開。
公式ホームページはhttp://www.wkw-inthemoodforlove.com
(英語・中国語・韓国語)
<ストーリー>
1962年の香港。新聞社に勤める男(トニー・レオン)とその妻、商社で秘書をしている女(マギー・チャン)とその夫。2組の夫婦は、偶然同じ日に、アパートの隣同士に引っ越してきた。何ヶ月かたつうちに、2人は互いの伴侶が不倫の関係に落ちたことに気づく。互いの妻と夫について話し合い、同じ時間を共有するにつれて、2人の感情は微妙に変化していった…
ウォン・カーウァイ監督の最新作「花様年華」が、2001年3月の日本公開に先立ち、2000年の東京国際映画祭と香港映画祭の特別上映作品として上映されました。その際、監督と主演のトニー・レオン、マギー・チャンが揃って来日。香港映画祭オープニングセレモニーでの舞台挨拶と、記者会見の模様をお届けします。
☆2000年10月30日(月) 17:00 香港映画祭オープニングセレモニー舞台挨拶
渋谷・オーチャード・ホール
3人の他にも、レスリー・チャン、イーキン・チェン、スー・チー、ジングル・マ監督など、香港映画祭で上映された作品に出演していたスターがこぞって出席した豪華なセレモニーでした。渋谷・bunkamuraのオーチャードホール入り口にはレッドカーペットが敷かれ、明星たちが4台の車に分乗して次々と到着。詰めかけたファンに手を振り、ポスターにサインをしてから入場しました。
式典の当日、成田空港についたばかりの「花様年華」組は、トニーとマギーは3号車、ウォン監督は4号車に乗っていました。すでに1号車のイーキン、スー・チー、マ監督と、2号車のレスリーは入場済み。ところが3号車は到着しているのに、いっこうにドアが開きません。主催者側の説明によると、主演の2人が監督と一緒に入場すると言って4号車の到着を待っているとのこと。気配りの人トニーとマギーの、監督への心遣いを見ました。
マギー:(日本語)コンバンハ
(英語)私は今回本当に東京に来られて嬉しく思っております。少し疲 れています。というのはヨーロッパで非常に長いツアーをしてきました から。私はこの映画をとても気に入っていますので、皆さんにも是非見
て気に入っていただきたいと思います。ありがとうございました。
トニー:(日本語)コンバンハ
(英語)私はこの素敵な町に戻ってこられて本当に嬉しく思います。去 年もある映画と一緒に来ました。今夜は特別な気持ちです。というのは、 これは私が非常に気に入っている、一番のお気に入りの映画だからです。
すごく誇りに思っている作品ですから、皆さんも是非楽しんで下さい。 (日本語)アリガトウゴザイマス。
王監督:(英語)みなさん、こんばんは。ほんとうにまた日本に戻ってこられて 嬉しく思っています。実は10年前にも私はここに映画を持ってきました。 いろいろな地域でこれがあまり受けが良くなかったんですが、日本では
とても評判が良かったんです。私にとってはそれが非常に奨励になりま した。このたびの「花様年華」は私にとってとてもパーソナルな作品で す。私はこの映画祭に非常に感謝すると共に、今回の配給会社である松
竹のみなさま、そしてメディアスーツのみなさまに感謝したいと思いま す。そして本当に私をサポートしてくれる日本のみなさまに感謝したい と思います。どうもありがとうございました。
その後のフォトセッションの時、ゲストの前に置かれたスタンドマイクが写真撮影の邪魔になりました。カメラマンたちが「マイクをどけて」と叫ぶと、近くにいたウォン監督が、とことこと近寄ってきて片づけてくれてしまいました。ゲストを使っちゃうなんて…。記者たちからは「監督〜、すいませーん」の声。言葉は解らなくても、状況判断の的確さと行動の迅速さはさすがに鋭い王監督です。
☆2000年11月2日(金) 16:00「花様年華」記者会見
会見には、香港、台湾などのマスコミもたくさん取材に来ており、通訳は広東語から日本語に訳した後、北京語にも訳すことになっていました。ところが、上海出身のウォン監督はずっと北京語で話し、マギーは広東語、そしてトニーは質問者の言葉によって広東語と北京語を使い分けて話していました。
●3人からのご挨拶
王監督:また東京に来られたことを喜んでおります。東京は本当に久しぶりです。 今回はこの映画に主演するマギー・チャンとトニー・レオンを連れて、 この映画を皆さんにご紹介いたします。この映画は実は、撮影するのに いろいろな苦労をしまして、15ヶ月間かかりました。ぜひ、ご覧になっ て楽しんでいただけたらと思います。
マギー:ありがとうございます。みなさん、こんにちは。ここでお会いできまし てたいへん嬉しく思います。今日の私のファッションなんですが、実は これはおととい取材が終わった後に、1,2時間くらい時間ができまし たので、さっそくホテルを出て買い物に行き、その時に買った服を着て 来ました。今、司会の方がご紹介しましたとおり、この映画の中の服は 本当に美しく素晴らしいと思います。この場を借りましてこの映画の美 術監督(ウィリアム・チョン)にもお礼を言いたいと思います。彼はこ ういった衣装を本当にクリエイティブにデザインして、とても苦労をし たと思います。
トニー:みなさん、こんにちは。東京で皆さんと再びお会いすることができて本 当に嬉しく思います。しかも今回は映画と一緒に来たことについても嬉 しく思います。今回の映画の中で私が演じるのは、ある成熟を迎えた男 性の役柄です。この役柄が受けて非常に成功したと言われておりますが、 これはいい監督がいたから、現場にいいスタッフがいたから、そしてな によりもいい女優がそばにいたからです。この映画では主要な役者は2 人しかいないのですが、この映画が賞を受賞したのは私だけのことでは なく、この映画に関わりを持つ現場の皆さんすべてに与えられるべき賞 だと思います。
●台湾金馬奨に9部門でのノミネートが発表されましたが(会見の前日に発表) その感想を。
王監督:まさに意外な感じがします。今朝ほどその知らせを聞いて、もちろん喜 んでいますが、意外な感じがしました。金馬賞では、ぜひマギーに主演 女優賞を獲って貰いたいと思います。彼女は過去においてたくさんの主 演女優賞を受賞した経験がありますが、しかしこの映画の中では本当に 素晴らしい演技を見せていますので、ぜひ受賞して欲しいと思います。
マギー:お話を聞いて、びっくりして喜んでいます。この話は全く知らず、今朝 監督と会ったときには何も教えてくれなくて、たった今聞きました。ま ず、監督に親切にしていただきまして、ありがとうございます。今、監 督の言葉を聞いてその言葉が実現できるように期待しています。たしか に過去にたくさん受賞した経験がありますが、やはりそれぞれ違った気 持ちで受賞を迎えました。今回のこの映画の中で、一生懸命演技しまし たし、もちろん受賞できなくても悲しんだりというようなことはないと 思います。その時はまた、もう一回王家偉監督に賭けるしかないと思い ます。
トニー:どこでどういう賞を受賞するかということは、いずれも私にとって強い 励ましになると思います。もちろん大変わくわくして、興奮しています。
●監督が、このお2人の組み合わせを選んだ理由を聞かせて下さい。
王監督:この映画の撮影の過程は、普通の映画とは違って、最初からこの3人で
作るということが決まっていました。実は1996年にパリで「天使の涙」 のプロモーションをしていた時のことです。ある朝、ホテルで朝食を食 べているときに、「この数年、みんなと一緒に仕事していないから、ど
うだろう、仕事しない?」と誘いました。マギーとはずいぶん時間をか けていろいろな話をしました。もう1人の男優は誰にしようという話で した。トニーと私は長い間いろいろな映画を作ってきましたが、彼はマ
ギーとも前からの知り合いで、最初のテレビドラマでも共演をした経験 があります。しかし映画では2人で共演をしたという事はなかったので、 どうだろうかという話になりました。
私にとっては、マギーもトニーもまさしく現代の子という感じがしま す。しかし、2人の外観から私たちは別の気質を感じ取ることもできま す。どちらかというと少しレトロ的なもので、60年代の役を演じるのが
ぴったりだと思いました。 今の香港に置いて、このような気質を持っ ている俳優を見つけるのは難しいと思います。
たとえば、日本で30年代を背景にした映画を撮ろうとしたときには、 原節子のような役者を見つけないといけないのと同じです。そこで60年 代を時代背景とする映画を撮ろうと決めました。基本的には2人に任せ
て展開して行くというやり方ですが、もちろんこういうやり方は2人に とってやりにくいのではないかと思います。しかし私が信じていたのは、 こういうやり方で出てくる効果は、素晴らしい物になるだろうと確信し
ました。
2人の組み合わせがもたらした効果については、私が言うことはもう 何もないと思います。観客の皆さんがこの映画をご覧になって、自分で 評価することができると思います。あちこちでプロモーションをしてき
ましたが、どこへ行っても観客は、素晴らしかったと言ってくれました。
●マギーとトニーのお2人に、久しぶりに王監督と仕事をして変わっていた点と か、成長していた部分などがあったら、具体的に教えて下さい。
マギー:お互いに成熟した、特に監督が成熟したという気がします。なぜかとい うと、監督は映画を作るのに以前より慎重になったのではないかと思い ます。これは、どんな題材をとるのか、どういう風に映画を撮るのかと いう点についてより慎重になったのではと思います。もちろん、大人は 大人のやり方があるわけですから。今覚えていることは、最初監督と知 り合いになったときには、まだ学校を卒業したばかりで、実験映画に取 り組んでいた時でした。その時はまさに、何か撮りたいと思いついたら すぐ制作にとりかかっていました。
トニー:監督とはもう長年一緒に仕事をしてきました。2本目の作品から5本、 出演しています。私から見た監督というのは、常に新しい試みを、いろ いろな取り組みをしてきた監督だと思います。今回はモノローグはなく なりましたが、ロングショットの部分は増えていて、本当に長いと思い ます。
●トニーさんに。アメリカの雑誌「ピープル」で「最もセクシーな新人男性50人」 にノミネートされたことについての感想を。今や新人ではありませんが、その 点についてはどう思いますか?
トニー:まず、選ばれたことについては、たいへん喜んでいます。自分自身では、 どこがセクシーなのかというのはまったく判りません。でも、他の人か
ら見たら、きっとどこかセクシーなのだろうと思います。
私はアジアでかなり知られています。過去18年間にいろいろな映画に 出演してきました。アジアの東洋人の社会に置いては、新人とは言えま せん。でもアメリカでは誰にも知られていません。アメリカで映画を撮
ったこともないし、アメリカでは私はまさに新人だと思います。ですか ら、今回この映画が世界のあちこちで上映されることになって、本当に 新鮮な感じがします。
●決定的な一言が言えずに結局は別れてしまう男女の役を演じていますが、そう いうもどかしい恋愛について、お2人はどう思いますか?
マギー:同じストーリーだったら、60年代と現代とでは展開や結末はきっと違う と思います。この2人が当時おかれた環境を考えた場合、その環境から いろいろな制限を受けてしまいます。ですから好きな相手がいてもなか なかそれ以上の展開がないということで、これはおそらく中国人自体が、 結構考え方が当時は保守的で、あるいはひどくメンツを重んじて、とに かく自分たちが他の人から悪口を言われるのを恐れていたのかもしれま せん。そういう状況の中で、2人は当然、何の展開もないまま別れてし まう、そういうことだと思います。
トニー:この映画の中で私が演じた役がまずマギーに近づいた動機とは何かと考 えると、マギーの旦那さんが私の妻を奪った事への復讐という動機を持 っていたと思います。しだいにストーリーが展開して行くに連れて、だ んだん彼女を好きになりました。そうすると自分自身がもっている動機 を考えると、自分のしたことは彼女に対して本当に申しわけないと言う 気持ちになります。するとしだいに彼女に直面することができなくなり、 離れて行くしかないだろうと、そういうふうに認識しています。
●監督に。撮影に15カ月もかかった最大の理由は何ですか?
王監督:長引いたのには、いろいろな客観的な理由があって、当時香港は金融危 機を迎えていました。特に香港で60年代を舞台にした映画を撮ることは 大変困難です。香港は変化が早くて、いろいろな物がどんどん消えて行 きます。従ってこの映画を創作する過程において、基本的には2人に関 する非常にシンプルな物語なんですが、撮って行くうちに気がついたの は、ここで2人の物語だけでなくある時代について描写をしようと考え ました。当時の人間関係や気持ちは、今の時代では二度と再び見ること ができなくて、去ってしまったものです。時代を浮き彫りにしたいとい う気持ちが強かったのです。たとえて言えば、心の中では100メートル競 走をしているつもりが、マラソンになってしまった。そんな状況でした。
●映画の中でたくさんの上海語の台詞が取り入れられているのはどうしてですか?
トニーとマギーのお2人は上海語を話せますか?。
王監督:確かにその点は、日本の観客にはわかりにくい部分かもしれません。私
自身は上海の出身で、5歳で香港に移住しました。その頃の50年代の香 港については非常に明確な印象を持っています。
当時、1949年以降、たくさんの中国人が香港に移民し、その中の多く は上海系の人たちでした。彼らは香港の広東系の人々とは違っていて、 言葉、文化、伝統、ファッション、料理について、大変なこだわりを持
っていた人たちです。
日本の観客には理解しにくいと思いますが、たとえて言えば、太宰治 の小説の中で、ある特殊な貴族を描いたものがありました。この映画の 中の人々は貴族ではありませんが、当時の上海は香港より進んでいて、
広東人との間に一定の距離がありました。もちろん現代では、2代目、 3代目になり、なかなか区別することはできないと思います。
マギーが演じたのは2代目の上海人です。もちろん彼女は広東語もし ゃべれます。トニーの役は広東人で、全部広東語を使っていました。
マギーの役については若干面白いと思います。レベッカ・パンとの会 話は上海語が混じり、トニーとの会話は全部広東語です。その点につい ては、2人に話して貰ったほうがいいと思います。
マギー:先ほどの質問ですが、私は上海語は聞いて全部判ります。ただ、あまり 上手にはしゃべれませんが。私に上海語をしゃべれと言わなければそれ でいいと思います。
トニー:私自身は上海語は聞くこともしゃべることもできません。でもこれは大 きな問題ではないと思います。映画の中では上海人の役の人たちも、普 段は広東語をしゃべっていました。時々食事のシーンなどで上海語が登 場していました。個人的には、以前に広東人が上海に暮らしたこともあ って、彼らは流暢に上海語をしゃべっていました。そういう点では、大 きな問題はないと思います。
●監督が撮影中の「2046」についてですが、木村拓也が降板してお蔵入りと いう噂がありますが?
王監督:最初は「花様年華」を早く撮って、1999年末には「2046」をクラン
クインする予定でした。実際、一旦はしましたが、「花様年華」の撮影 が延びて、2本が交差した形になりました。もちろん、監督としては非 常に困難な状況に置かれてしまいました。まさに同時に2人の女性を愛
してしまうという心境です。こちらを撮っているときはあちらが気にな り、あちらをとっている時はこちらが
そこで思ったのは、この二つの映画はむしろ1本の映画だということ です。2本の映画に置いて二つの展開があると思います。従ってこの 「花様年華」の中からも「2046」の何かを見ることができて、逆に
「2046」からも「花様年華」の何かを見ることができると期待して います。
今「花様年華」が完成し、一段落を迎えたと考えています。これから 帰国してから早速「2046」に取り組んでいきたいと思います。私自 身は、「2046」には大変期待をしています。なぜなら、この映画は
私が初めて未来をテーマにした映画になるからです。映画の中にはたく さんの役者がが登場することになりますが、私にとってはこの映画はマ ラソンになるだろうと思っていますが、実際撮影に入れば100メートル競走になれば、と思います。
美しいチャイナドレスと紫煙に彩られた、もの静かな愛の物語。
マギーの役名が「欲望の翼」と同じだったり、「2046」に関する描写が1シーン出てきたり、ウォン・カーウァイ映画のファンにとっては、たまらない目配せがたくさんある作品です。
でも、いちいち解説するのは野暮というもの。この後は、ぜひ、スクリーンで自分の目で確かめて下さい。
ただ、ひとつだけ、お節介な現実的アドバイス。空腹で行くととても辛い映画です。特にワンタン麺と、蓮の葉に包んだご飯が食べたくなります。阿青は、秋に香港の映画館でこの映画を見た後、すぐに道を渡ったところにあるレストラン「唐朝」に飛び込んでしまいました。